• Photo
  • 2017_2
  • 2017
  • Dsc_0004
  • Dsc_0003
  • Dsc_0046_1505013025303
  • Dsc_0045_1505013006165
  • Dsc_0044_1505013028094
  • Dsc_0030_1505013013943
  • Dsc_0028_1505013007786

« 舛添要一都知事の辞任について思う事・・・ | トップページ | 24時間テレビ「愛は地球を救う」と「バリバラ」との比較 »

2016年8月14日 (日)

相模原市障碍者施設殺人事件について思う事・・・

 去る7月26日未明、神奈川県相模原市の県立障碍者施設「津久井やまゆり園」(以下「やまゆり園」と表記)で発生し、19人もの尊い命が奪われた日本の犯罪史上凶悪で凄惨たる事件から早くも3週間以上が経つ。
 発生直後は、仕事へ出かける前の朝にこのニュースがインターネットやテレビで次々と報道されており、慌ただしく混乱した雰囲気の中「非常に怖い。」、「殺した犯人は絶対に許せない。だから即座に死刑にしてしまえ!。」との気持ちで一杯であったと同時に、「日本の障碍者に関する、医療や福祉、教育、倫理観、人権意識、警備、雇用、労働の政策は、いったい何をやって来たのだ!。この様な悲劇が二度と起こらないためには如何すれば良いのか。それらの事を障碍者に直接携わっている学者や専門家、その親御さんや兄弟親族だけの力では無理。障碍当事者や国民の力が絶対に必要不可欠だ!。」と思い、その様な気持ちを今でも持っている。
 
 加害者である犯人は、元々は「やまゆり園」の職員であった。
 障碍を抱えている方々達と関わりながら、働いている職員たちは世間からは「社会的に弱い方々への思い遣りがあり、彼らとは同一視線でコミュニケーションが取れる『崇高な御方達』である。」とのポシティブな印象が強い。

 しかしその陰では、障碍福祉関係に携わって勤務している方々から「人手が足りない。」「勤務シフトが不安定で、勤務時間が長く、その割には給料が安い。」、「障碍を持っている方々との付き合いや気配りは大変。だから、何とかならんのか!。」との声を口々をよく聞く。私自身も、発達障碍の当事者であると同時に、幼少時代からの当事者さん達だけではなく、その親御さん達や障碍者福祉関係の職員やボランティア(私も経験や実績があるのだが・・)との交流が昔からある。
 
 私も当初は「障碍者福祉職員になりたい。小さい時にその方々からお世話になったから・・。」と思っていた。若い時には、余りにも軽率ではあったが、福祉の専門学校へ入学しようと試みたことがある。自分自身が福祉も難しさや自分自身の人格や感性、対人関係構築能力が不足していたため、そちらへの入学を断念をした。しかし、その事が契機で同世代の発達障碍当事者の方々との交流(入浴ツアーや食事会、座談会と言う形で)、ボランティアや施設主催の行事への参加等を積極的に参加して行く事となった。それが今でも継続発展緊密化し、そちらから多くの事を知って学び、優しさと勇気と楽しさを得られる事が出来て、非常に嬉しい。

 犯人の話に戻るのだが、その凶行の原因が「障碍者は邪魔だ。だから、何とかして抹殺しよう。」との事であった。私が感じるのには、以上の理由だけではないと思っている。
 「給料の極度の安さ。」や「人手不足から来す劣悪な労働環境。」、更には障碍者に対する差別の残存(例えば【変な人や社会に対して不要な人達に対しては、『臭い物には蓋をしてしまえ』や『出る杭は打たれる』と言う古くからの『ムラ社会』論理の下で行われた『座敷牢』的思考】の残存等)、儒教の教義による「親第一主義」が抱えている封建的なマイナス側面がある。
 その結果、多くの障碍を抱えた方々への虐待や差別偏見、隔離等を生んでしまった。これらのせいで、社会や親戚・家族と障碍者児達との生の交流や絆、相互間の無関心等と言う形でいびつなものとなり、それらから来す思い違いや障壁、トラブル等が立て続けに起こってしまっている。更には同じ親戚ないし家族間(特に親子間)でまでにも、発生しているのが現状だ。
 そのために、障碍福祉施設で問題となっている「滞留」も起こってしまっている。
 最悪のケースとしては、過去に発生した「母親による障碍者や障碍児への殺害事件若しくは無理心中。」、「引きこもり」、「家庭内暴力」、「豊川市の主婦殺人事件」、「浅草のレッサーパンダ帽を被った男性による、女性殺害事件」、「宇治市塾講師による、小6女児殺害事件」、「豊川市の引きこもり殺害事件」、「渋谷区女子短大生バラバラ殺害事件」等と言った、人命を殺めてしまうと言った惨劇さえも起こしてしまった。

 この様な惨劇が起こらないためには、警察・消防・司法・教育・福祉・医療に基づいた法の整備とサービスの多様化と柔軟化が必要不可欠である。
 日本以上に障碍者と健常者との共栄共存が進んでいるとされている欧米諸国の場合を例えてみると、アメリカでは「障碍者差別禁止法」があり、多くの欧州諸国では療育や教育に関する予算の分配が日本以上に多く、箱型収容形式を取っている福祉施設や精神病院が廃止されて「地域社会と積極的に共栄共存して行こう」との方針が取られ、障碍当事者の積極的な地域社会への参加や安定して思いやりのある雇用就労体形が為されているとの情報もあるのだ。
 発達障碍の当事者と支援者(殆ど自称だが・・・)を兼ねている私自身にとっては、それでも不充分で改善と進化の余地がまだまだあるのでは無かろうか・・・。
 
 恥ずかしくて、非常に愚かな事ではあるが、私も「障碍者と健常者又は障碍者と支援者、更には当事者同士でも、価値観や社会的環境の相違、当事者同士の競争と格差、昔の平等苦からの脱却等から来す『心の障壁』や『偏見や差別で以てした侮蔑心』を持ってしまい、そんな自分自身が非常に恥ずかしいし、後悔している。私自身も無意識的に、以上の様な気持ちが出て来てしまう事もある。そんな事にならぬ様、日頃から気をつけんとあかん。」と感じている事が日常茶飯事となっている。
 非常に偉そうな高言となってしまい、申し訳ないと感じている。
 
 今後からはそれらの事を試行錯誤し、無理をする事無く、私自身が出来る事の範囲内で実行しなければならないのだと思う。
 

« 舛添要一都知事の辞任について思う事・・・ | トップページ | 24時間テレビ「愛は地球を救う」と「バリバラ」との比較 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/536730/64059014

この記事へのトラックバック一覧です: 相模原市障碍者施設殺人事件について思う事・・・:

« 舛添要一都知事の辞任について思う事・・・ | トップページ | 24時間テレビ「愛は地球を救う」と「バリバラ」との比較 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

ウェブページ

リンク