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2018年2月10日 (土)

2018年北陸大豪雪

 2018年の元旦は雪の白さも全く無く、「どうせここ最近は、雪も少ない。だからいつもの様に雪の少ない暖かい冬になるに決まっている。」と思っていた。

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Dsc_0004  元旦朝の尾山神社。いつもの様に初詣客で賑わっていたが、激しい混雑は無くて良かったが・・・。曇天とは言え、青空が少しばかりか見える。
 正月が過ぎてしばらくすると雪が降って、北陸の冬らしい天候となった。
 ようやく除雪機が活躍し始めた途端に、それの発動機のセルのロープが切れてしまった事で使えなくなり、ホームセンターへと修理となってしまい、暖かい冬が急変するかの如く、非常に寒くなった。

26231961_1434521623336425_496443806 金沢の冬の恒例行事である、金沢城址公園での出初式での放水。日本三大鳶である、加賀鳶の写真は無く、申し訳ございません。
 

 一月中旬の大雪は、40~50㎝程度と「やや多いかな?」との感じであった。しかし、その時には除雪機が修理に出されてしまったために、スコップとスノーダンプによる一日掛りの重労働となってしまった・・・。
 そんな中でも、出張による受診を待っている患者様もいたので、訪問施術に行かねばならない、患者様の健康と喜びの笑顔のために。
 以下の様な雪では車が動けないので、路線バスと徒歩での往診となった・・・。
 
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          雪の天徳院は非常に美しい・・・。

 一月中旬からは、今までの雪が降る今まで通りの北陸の冬らしい天候となり、却って落ち着きはした。その間、多少暖かい時期もあって、除雪作業をする必要もない晴天もあったが、「曇り時々雪」や「曇りのち雪」の天気予報が続く様になる。
 このため、津幡へのボランティア出張が積雪による道路事情の悪化による延期や鉄道や航空便の運航停止、石川テレビや北陸放送のテレビアンテナへの落雷による放映困難などと言ったトラブルも起こってしまった。
 こうして、多くなった雪や寒さに慣れて行った途端、福井県と石川県を中心とした北陸地方に大寒波が襲い、昭和56年の「56豪雪」以来の大豪雪となってしまった。その時の心境は「今年になってからは、日本各地で大雪に見舞われてしまっている。雪とは縁の薄い、関東や西日本の太平洋側や九州や瀬戸内地方でも・・。このまま行くと、世界全体が氷河期に入ってしまうのでは・・・。」であった。
 早速、除雪機も直ったばかりなので、フル活動する事が出来て良かった。
 しかし、それも束の間。
 セルのロープが切れてしまい、修理に出そうとホームセンターへと早速電話をした。しかし、ここの所の寒波で、除雪機の修理の問い合わせや予約も多く、相手方からの空き待ちとなってしまった。最悪、春まで待つしかない・・・。
 この様な状況下での除雪は、過酷であったし、只でさえ寒くて厳しい冬が、益々身に応えてしまった。
 下記の様な状況だったので、吹き溜まりに位置している私の家の周辺は、観測地点よりもかなり多く、1メートル近くの積雪があった。

Dsc_0044 家の駐車場の積雪が激し過ぎたため、車一台分を通す幅にした上でかつ舗装道路を見せて行く為の作業を完了するのに、約3日間を要した。Dsc_0049
 また、屋根雪も酷くて、いつ屋根雪が落ちるかそれとの屋根雪の重みのせいで、駐車場や家の屋根が押し潰されてしまうのではないかと思う程・・・。

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 隣の家の塀が見えなくなり、玄関の横のガラスが押し潰されてしまう程の凄さとなった、雪の壁。本当に恐ろしい・・・。

 
 この当時の福井県内では、主要幹線道路の国道8号線の福井市から小松市までの約50㌔の区間では、数千台もの自動車が立ち往生。それが解消するまでは2~3日を要した。また、金沢から福井県内の北陸本線が全日運休。そのため、北陸から名古屋や大阪方面へ行くのに、北陸新幹線と東海道新幹線とを東京経由で乗り継ぐ形となってしまった。これにより「北陸新幹線がどんな悪天候にも非常に強い。」との高い評価を得る事が出来た。
 スーパーやコンビニなどでは、物流が滞ってしまったため、食料品や雑誌も店舗の陳列から消えてしまった。
 主要道路が除雪されたとしても、排雪の山が道脇に溜まってしまったために道路の車線も減り、道路の渋滞やバス便の遅れが頻発。生活道路や脇道は、場所によっては未だに除雪作業が完了していない所も多々ある。
 2月10日現在では、除雪作業が進んでいる事から、以上の様な混乱も少しずつではあるが、解消されている。
 その一方では、急に暖かくなるため、降雨による水分量の増加に伴う表層雪崩や屋根雪の崩壊に伴う事故の恐怖も出て来てしまいました。
 この様な豪雪のため、往診業務も路線バスと徒歩によるものでしたが、1月中旬当時の状況よりも酷く、バスの迂回運転もあった。このため、多くの利用客が困惑・・・。
 ようやく、2月10日付で私の車による往診とはなったが、道路状況も悪いため、ひょっとしたら公共交通機関の利用となってしまうかも知れません。
 その一方、ここ最近の観光客の増加によって、金沢の美しい雪景色を楽しむ姿を見かける事が多くなりました。Dsc_0048          雪と氷に覆われた、大手掘。

 このような事から、「雪は我々生活者や仕事に携わっている方々にとってみれば、非常に嫌なもの。しかし、観光客やスキーヤやスノーボーダー等のスノースポーツに携わっている方々に取って見れば嬉しくて楽しいもの。」なのでしょう。
 
 腰や膝を痛めてしまった自分自身としては、今年の豪雪は最悪。
 雪国に住んでいる我々にとって見れば、そこから生み出された恵みにも感謝しなければならないと思うと、また複雑だ・・・。

2018年1月 7日 (日)

出初式

新年あけましておめでとうございますhappy01
2018年の幕開けから、早くも一週間が経とうとしております。

遅ませながら、今年初の投稿となってしまいました。

仕事も始まり、天候も芳しくない中、厳しい環境や競争に打ち勝つためには、更なる質の向上と大らかさが欠かせません。

この様な状況下で、実家のそばの金沢城公園で出初式が行われ、表彰式と加賀鳶や放水の豪快なパフォーマンスが行われました。26231961_1434521623336425_496443806

金沢の安全を願い、防災に懸命に活躍してくれた消防団とそれに関わる方達への感謝と御礼が心身ともに伝わって来ました。

本年もどうぞよろしくお願い致します!

2017年12月30日 (土)

今年一年間を振り返る・・・

 2017年も今日で最後。
 主役は酉から戌へ・・・。正に「犬が鶏を獲りに行っているので、そこには居ぬ。」の状況なのだ。

 ここ最近、何故か年月が経ってゆく速度が益々早くなって行く気が感じて止まない。

 交通事故の自損で、右膝蓋靱帯の断裂による退院から早くも一年が経ち、この後遺症による右膝関節とその周辺筋肉の疼痛や関節可動域及び筋力の低下に悩まされながらの生活もかなり慣れた。今では、それと付き合って行かねばならない日常生活となったが・・。
 現在では、スポーツジムにも復帰し、友人との山陰旅行へ行ける様にもなった。
 このためか、仕事生活においては、自分自身の身体健康状態と向き合いながら、そこから学び取る事が多くなった。
 また、「量」よりも「質」。クライアントの方々に対しては「提供」よりも「受け取って聞く」と言う事を意識している。この様な事は、当たり前過ぎて恥ずかし過ぎるのだが・・・。第三者やクライアントの方々からやEBMに基づく常識的かつ平均標準的評価、自分自身の知識、実績云々以前に、長年の経験や慣れから来す驕りや油断から来してしまうからだ。
 
 あと、私自身が最も気にしている事は「こだわり」だ。
 これは、上手く行けば相手を喜ばせたり、自分自身の仕事や生活上での最大のセールスポイントとなる。その一方では、自分自身と相手方との駆け引き上の選択肢を狭めてトラブルの原因となり、仕事及び生活に大きな支障を来してしまう。
 ここの所をしっかりと意識して、柔軟に対処しなければならない。

 とにかく、私自身の一年間は「お金と量」よりも、「心と体、そして質」の重要性を強く意識したものだった。多くの人達との触れ合いは余り多くは無かったものの・・・。


(追伸)
 2017年の今年の漢字一文字は「北」ですよね。
 この理由は、北朝鮮によるミサイル発射の頻発や九州北部の大水害から来しているからです。
 あと、私が感じるには、対中国牽制のための安倍外交方針が「地球儀を俯瞰する外交」であった。しかし、事もあろうか、今年末になってからのそれが「中国主導のAIIB(アジア開発インフラ銀行)に対して積極的に協力する。」や、トランプ大統領が「イスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムへと移す。そしてそこの首都をエルサレムにすれば良い。」との言明があった事から、「日本の外交は中国に敗北してしまったのか?。」「トランプのイスラエルに関する言動が、世界中から理解を得られずアメリカは国際社会から孤立して、大敗北した。」と感じました。
 来年こそ、世界中が日本中が、地域社会が、そして私の日常生活が、上記の様に忌まわしくかつ悲しい意味での「北=きた」ではなく、「嬉しい事や楽しい事、幸せな事がきた!」「来た=きた」過疎と少子高齢化に悩む北近畿・北陸・東北・北海道の活性化のために輝き誇れると言う意味での「北」になって欲しいと願って止みません。

 

2017年8月15日 (火)

終戦記念日・・・

 8月15日は玉音放送を通して、国民に日本の降伏を公表した日で、この日を「終戦記念日」と制定した。これ以降、戦没者やその慰霊を追悼している。
 昭和20年の連合国に対する無条件降伏から72年が経ち、当時の状況を生々しく体験した当事者達は勿論の事、忌まわしい戦災や戦場、戦時統制、旧植民地や当時の開拓地での生活やこれ等から来す教訓を受け継ぐ伝承や記録、記憶が日が経つに連れて、薄くなって来てしまっているのが現状だ・・・。

 この様な状況から立ち直り、新たな国造りを目指そうと、当時の多くの日本人達は平和と不戦を願い、新たな憲法「日本国憲法」が1947年に制定されるに至った。

 戦後の米ソ冷戦とその終結、未だに続く朝鮮半島の南北分断、益々混沌として行く近隣諸国との領土及び歴史認識に絡む感情的な対立、北朝鮮の核及びミサイル開発、欧米諸国の緩やかな衰退と中露両国の台頭、靖国参拝やA級戦犯の分祀と新たな戦没者施設建設の構想、日本の軍事的独立と言う名の下による集団的自衛権や防衛力の強化、憲法改正と言う問題等々、多くの問題が生まれては消え去ると言う歴史が、今なお続いている・・・。

 以上の様な状況が繰り返されたり続いたりしている中でも、当時の日本が犯した過ちとそこから生まれた教訓を見て知って聞いて学び、しっかりと反省し、その事を忘却する事無く永久に伝承し続けなければならない。

 この様な戦争で犠牲となった方々へのご冥福をお祈り申し上げます。そして、永遠の平和を願って止みません。

 

2017年6月29日 (木)

バニラエアでの車椅子騒動について思う事・・・・

 昨日のニュースで「鹿児島県の奄美空港で、脊椎損傷による半身不随を抱えた男性に対して、階段式のタラップを腕の力で以てして自力で歩かせられていた。それで、格安航空会社(以下、LCCと表記)のバニラ・エアがその件に関して謝罪をした。」との報道があった。

 その出来事を知った直後の私の気持ちは「この航空会社は何をやっているんだ!。障碍者差別禁止法に違反しているのではないのか。この航空会社の運航便は永久に使わない!」や「LCCはコスト削減のため、レガシーキャリアで当たり前に行われている様々なサービスを行っていないのは仕方が無い。だからと言って、人としての当たり前の常識や道徳による、おもてなしまでカットするのは如何なものか・・・!。せめて『ハードシステムが無いは無い。』なりの知恵を絞った上での、工夫をすればよかったのに。社会的身体的精神的弱者やマイナリティーに対する思いやりが、欠如している。」と、声を荒げてしまった程だった。

 同時に、このニュースについての感想や意見をSNSやインターネットサーフィンを閲覧したり観賞したりしていると、「自力で歩かされた障碍者は可哀そうだ。」や「バニラ・エアと言うLCCは、非常識。」、更には「バリアフリー研究所を経営している障碍当事者は、モンスタークレーマーだ。」や「最初から、バニラ・エアに『私は障害を持っていますので、乗降の際には手助け下さい。お願いします。』と言えば良かったのに。」とか、「障碍者のサービスが全く無いLCCを使わず、最初からANAやJALを使えば良かったのに・・・。」との形で、障碍当事者やLCCに対する意見や思いが肯定的なものだったり、否定的だったりしたものでごちゃごちゃであった事に驚く。
 「まさか、障碍者を侮蔑差別唾棄と言う形で、悪者扱いする連中もいるのだな・・・。」と言う形で・・・。

 話は戻ってしまって、障碍当事者の想像や憶測、妄想の域となる形となり、申し訳ないと思っている。
 この様な出来事が起こってしまった原因を、私的な意見で取り上げる事とする。
 ①最初から「自分は障碍者です。」との形でカムアウトしてしまうと、自分自身の様な障碍   者を受け付けてくれない場合もある。また、他の人に言ってしまうと社会的に不利になるのだから、不安で言えなかった。
 ②日本のバリアフリーは、設備等と言ったハード面では整備されていて優れている。しかし、国民一人一人の気配りや思い遣りと言ったソフト面では他の国々と比べて遅れている。その上、マイナリティーや障碍当事者とをも組み入れた「インクルージョン」やそれらに対する受付体制が出来ていないなってかつ不得手だし、人権意識と言ったものも遅れているのではないのか。
 ③日本を含めた多くの東アジア諸国は、古くからの中華思想に基づいた縦社会や親社会、そしてボス社会。その上、今や日本は国際交通機関や国際情報網の発達発展、そして普及によって「シマグニ」では無くなって来ている。それなのに、昔からの「座敷牢と言う形でマイナリティーを排除する」や「出る杭は打たれる」と言ったムラ社会の悪しき部分が残っているのではないのか?。それじゃ、可笑しいよ。
 ④「障碍者と健常者の垣根は無い。それらの有無は全く関係ない。」との形で、心のバリアフリーが浸透したのはうれしいし、そう思ってくれてうれしい。しかし、それが故の副作用が「意見や意思の強く、思考能力や柔軟性の高い人が勝つ。」や「高いコミュニケーション能力や広い人脈を持った人が有利。」との弱肉強食の論理に基づいてしまった形で現れてしまい、新たな問題となってしまった。だから、それが嫌だし不安だ。
 ⑤日本のバリアフリーや障碍者福祉は、0%か100%。だから、その中間のグレーソーンに対しては、対応出来ていない。道徳教育だけではなく、福祉や性、人権意識に関する教育をもっと普及して欲しい。

 上記の様な事以外の理由を述べたかったのですが、余りにも膨大で複雑繁多なので①~⑤までと言う形となってしまいました。

 更に話は変わって、最後ではあるが「表には見えない障碍や疾患を抱えた当事者達」やその親御さん、支援者にとっての嬉しい情報が入った。それはヘルプマークなのだ。赤い名札の様なものに白いハートと十字が描かれ、その中には障碍又は疾患を抱えた当事者本人の特徴や特性、疾患を記載するためのメモ紙が用意されているので、目で見える形での意思表示が出来るので安心だ。

 何故ならば、障がいが身体の表面に現れる事が少ないか若しくは殆ど無いからだ。その上「外観では普通。しかし、中身を調べたり、長く付き合ったり関わって行くに連れて『おかしいよ。』や『変だよ。』。」とあしらわれ続けたが故、当事者本人は勿論、親御さん、御家族、御親戚などを中心に誤解と偏見、無理解、言われ無き批判や非難などに苦しめられ続けて来た。だから、上記に関係している方々にとってみれば「安心と正しい理解への細やかな一歩。」だと思う。

 これの普及は、東京都のみとなっているが、一日でも早く全国に普及して欲しいものだ。発達障碍や精神障碍、知的障碍、臓器障碍を抱えた当事者さん達や親御さん、その支援者、更には社会全体の平和と幸せのために・・・・。

 

 
 

2017年4月12日 (水)

「きく」と言う事について・・・

 今日の朝活の講演内容が、キャリアカウンセラー及び心理カウンセラーである外山正明先生による、「心の声を聴く~傾聴の意味と技法~」でしたので、久し振りに早朝起床をしたと共に、それへと参加しました。

 主な話の内容は「きく」と言う事で、私たちが一般に知られているのが「聞く(hear)」と「聴く(listen)」した。

 私の場合は、鍼灸マッサージを取り扱っているセラピストとしての仕事や障碍福祉を中心とした関係のボランティア活動へ長きにわたって携わっているので、医療と福祉に関する技術や知識、経験が大事だが、人を相手にするが故に円滑で温かいコミュニケーション能力も必要不可欠なのです。
 会話は決して得意ではないのにも拘らず、非常に悩ましい所なのだが・・・・。
 だから、この様な問題解決をしながら、如何にしてコミュニケーション能力を高めたり進化と変化をして行かねばならないと思い、長年の間にわたって試行錯誤を繰り返して行ったのです。

 こうして「聞き上手」にならなければならないと、自分自身で悟りました。
 
 今回の外山先生の講演に参加して『きく』という意味には、『聞く』と『聴く』だけではなく、尋問と言う意味での『訊く(ask)』がある。これらが上手く活用される事により、最終的には自分と相手の心が分かち合えて機能すると言う形で『効く・利く(act 、work)』と言う意味ある。」と言う事を改めて悟る事ができました。
 鍼灸マッサージの施術時に於ける診断要綱の基本論理が「望(望診及び視診)・問(問診)・聞(聴診)・切(触診)」である事から、この基本論理を更に理解進化しつつ、以上の様な「きく」と言う事によって、クライアント側の本心に興味や好意を持ち、上から目線でかつ自分自身の経験や論理に基づいた知識の過剰な押し付けやひけらかしをしてはいけないのです。
 これでは却って、患者様側がドン引きするばかりか、我々よりも患者様側の方が危機意識や健康医学的な知識が高い場合が多いが故に起こる相互間の不信感や不快感を持たれてしまう恐れがあるからなのです。

 だから、この様な深層心理をゆっくり焦らず根気良く丁寧に汲み取って行かないといけないし、技術の向上や改善だけではなく意識も継続も重要だからです。
この事が「慣れ」と「熟練と言う意味での『熟れ』」への早道であり、正しく美しい形成への経路なのです。

 今日の外山先生の講演による朝活に参加した事によって、この事を仕事だけではなく、日常生活へも応用して行かねばならないし、この事を感謝しなければなりません

2017年3月11日 (土)

教育勅語について思う事・・・

 森友学園による系列の小学校の設立時における不祥事で、会長職を辞任した籠池氏が経営している幼稚園の園児に対する暗唱や大日本帝国時代の教育基本方針の賛美を主張した稲田防衛大臣が、野党から厳しい批判を浴びたり、菅官房長官が彼女を擁護したと言う出来事のためなのか、ここ最近教育勅語が自分自身の心の中で気になって行った。

 「教育勅語」とは、大日本帝国憲法の成立と施行が終わった直後の1890年に制定された、当時の学校教育の基本方針で、これらに関する政治の基本理念となっていた。全体的には12個の項目なら成り立っている。
 終戦直後になると、現在の日本国憲法が制定された事によって、それ自体が廃止されたのである。
 
 しかし、ここ最近の世界中の右傾化の流れによる影響下で、グローバリゼーションが批判のやり玉にあがり、世界的なリベラル勢力の衰退や排外的かつ内向的な民族主義の増長などの影響によって、日本会議などを中心とした保守勢力が「教育勅語を見直して、日本らしさを強く主張して行こう。教育現場において。」の主張を強めて行く様になって行った。
 
 私も、この教育勅語については「当時の天皇と大日本帝国政府による、教育関連の勅令」である事しか解らなかったので、HP等で閲覧する事とした。
 この事から、第12項目については「国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう」なので、「私たち国民は国家のために尽力ないし奉仕し、それによって国家を支えよう」と言う、滅私奉公の基本理念である。
 
これらは学校生活に関する事だけではなく、むしろ生涯生活における基本的道徳の理念でもあると言う事が解った。
 特にこれが、教育勅語肯定派視点から見れば「地域社会への貢献と奉仕の義務とそして地域社会に対する愛への涵養と愛育促進。」であるとし、教育勅語否定派視点から見ると「国家主義に基づいた愛国心教育の強要と押し付けの基本的理念。」であるとしているのであろうと、私には想像が付く。

 何故、この事が問題になってしまったのは、日本の護憲勢力やリベラル勢力、更には中国や韓国などの近隣諸国を中心とした海外からも「この『教育勅語』によって、当時の大日本帝国の軍国主義を増長させてしまい、取り返しの付かない戦争へと追いやってしまった。」や「『教育勅語』を復活させる事で、現在の『基本的人権の尊重や自由主義や民主主義』に基づいた、日本国憲法を抹殺してしまう。」、「子供たちへの教育が強制と言う形になってしまう。国民や子供主体から、国家主体となってしまうから絶対にダメだ。」との批判や懸念の言動が頻発しているからである。
 以上の事から、それに対する批判勢力が特に標的にしている項目が、「滅私奉公と当時の皇国第一主義」を強く主張している、教育勅語第12項目なのである。

 この様な事から、私には「教育勅語には、良い所と今の時代の政治に合わない問題点も双方多々ある。しかし、安易に否定されたり肯定されてしまうと、様々な問題が起こったり、古今東西関係なく日本の社会や日本人の精神構造に対して様々な混乱が起こってしまう。『温故知新』の精神で以てして、現代社会の自由民主主義の政治環境と上手く融合させ、かつ近隣諸国を中心とした世界各地に誤解と不快を与えない様な形にして行かないと駄目だ。そうでないと、昔から根付いている『教育勅語』の古き佳き精神や道徳も、現代の『基本的人権の尊重や思想や表現と言論の自由、主権在民、平和主義に基づいた防衛外交方針に基づいた日本国憲法』の精神も共倒れになってしまう。こういう事にはなってはいけない。あってはならない。」や「この様な論争や混乱が収まって欲しい。国民と政府が協力し合う形で何とかならないのか。」と、思えてくるのだ・・・。
 
 
 

2017年2月17日 (金)

七転び八起き

 病院から退院して、早くも一月半が経ってしまった。
 手術を受けた側の右側の膝だけでなく、反対側の健側である方の左側のそれも痛くて、お互いに庇い合っている状況である。
 母は町内会や入院している母方の姉の看病等で、老体に鞭を打って何とか熟している状況。どうしても足らぬ所については、家事や体力労働を中心に慢性腰痛や激しい膝痛をコントロールしながらの状況で熟しているのだ。寒い冬の季節は、身体の保温のメンテナンスがとにかく大変だ。
 その様な状況の中、私は仕事の現場に復帰しており、今の所では私が患者様から精神面・身体面等で教えられる事が非常に多く、そちらからの恩恵を受けさせて頂いて非常に嬉しい気持ちで感謝している。
 私自身の鍼灸マッサージ師としての生活は、もう直ぐで20年を迎えようとしている。患者さんや同じ職場の同僚や先輩、後輩などから喜ばれたり頼られたりする事も多かったが、その一方ではそちらから叱責されたり、苦情を受けたり、中傷誹謗唾棄されたりする事も非常に多かった。
 コミュニケーション能力が決して得意とは言えない私自身にとっては、正に「七転び八起き」の人生でもあった。
 ミドルフォーティーの私も、あと数年したら五十路。正に人生の総決算とも言える時期ももう直ぐだ。
 これからは、失敗を恐れたり嘆いたり、成功に溺れたり甘えたりする事無く、失敗体験を確りと学ぶ事を繰り返して熟成して行かねばならない・・・。
 その様な事が、成功と熟成への早道ないし近道であるのだから・・・。

2016年12月29日 (木)

今年一年の振り返り。そして、近況。

 2016年が残り数日で終焉。もうすぐで2017年。
 干支も申から酉へ。森の中の猿が去ろうとし、鶏を暖かく迎えている情況です。
 私にとっての一年間は、とにかく健康や身体に気を遣ったものでした。2月にはインフルエンザで半月強も仕事が出来なくなり、10月末から来年の正月明けまで、左膝関節靭帯断裂の手術とリハビリで入院しています。
 その一方では、今年の春から在宅鍼灸マッサージに専念する事となったため、様々な勉強会や地域ボランティアに参加を通した新しい知識の獲得や、様々な人達との触れ合いが出来るようになりました。
 当初の入院生活は、かなりの激痛で周囲の医師や看護師、理学療法師を怒らせたり悩ませたりannoysweat02、自分自身においては孤独感や虚脱感に悩まされはしましたがbearing、入院先のスタッフや友人知人、そちらで知り合った患者さんからの暖かい励ましとご指導やご厚意によって、伸び伸びとしたものになり、楽しく快適に過ごす事が出来ました。今では非常に感謝しております。
 現在では、左膝関節の最大屈曲角度が120度。杖歩行も自転車漕ぎがこなせるまでに到りました。
 嬉しい事に、年明けの1月7日(土)に無事退院する事になりましたscissors
 それ以降は、通院リハビリ療養と就労生活の両立となり、最大で最終の目的である正座やジョギング、スクワットが出来るように頑張って行きます。
 来年は、ミドルフォティーでもうすぐで五十路。
 今までの経験を活かしながら、自分自身の健康維持にも努め、多くの人達から愛される様、頑張って行きますscissors
 今年一年間、色々とお世話になり誠にありがとうございました。
 それでは、皆様良いお年を~paperhappy01note
 

2016年8月28日 (日)

24時間テレビ「愛は地球を救う」と「バリバラ」との比較

 今日、親子水入らずで日本テレビ系の24時間テレビ「愛は地球を救う」とNHKEテレの「バリバラ」を視聴した。

 私が感じるには、両者とも「障碍を持った方々」が主人公である事には変わりはないし、障碍を持った方々の生き様と思いが広く知らしめる事をそれぞれの方法で行っているのだと・・・。

 しかし、両者を比較してみると、前者の方が年一回のみの放送のためか「障碍者の非日常が生み出す美しさと力強さ。そして親子と社会との絆。夢と希望。」を、後者の方は毎週日曜日の19時からの定番放送であるため「障碍者の日常が生み出す泥臭い生活感。そして、本人が持つ個性の多様性。気さくさと明るさ。」をそれぞれ主張しているのだと・・・。

 来年からは、24時間テレビとバリバラを両方見て、今年以上により細かく面白く比較して行こうと思っている・・・confident

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